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2009年1月17日

阪神・淡路大震災と建築

***今日は何の日*** <防災とボランティアの日>
1995年1月17日午前5時46分、阪神・淡路大震災が発生。ボランティアが救援のために駆けつけた。同年12月に、ボランティア活動への認識を深め、災害への備えの充実強化を図ることを目的に閣議決定された

阪神・淡路大震災(はんしん・あわじだいしんさい、英称:Great Hanshin-Awaji Earthquake)は、1995年(平成7年)1月17日火曜日の兵庫県南部地震によって発生した大規模災害です
「阪神・淡路大震災」は、政府により閣議了承された名称です

1995年1月17日に起きた阪神・淡路大震災
今日のこの出来事を忘れてはならない日だと思います

鉄筋コンクリート・鉄骨造ビル ・マンション・病院建築では、建築基準法が厳しくなった1982年以降に建築されたビルには被害が少なかった
しかし木造建築では、死者の80%相当、約5000人は木造家屋が倒壊し、家屋の下敷きになって即死しました

そして、この地震がきっかけとなり耐震性を考慮に入れて建築基準法が改正された1982年以降に建築された物件の被害が少なかったことが報告されています。結果的に、改正された建築基準法の有効性が証明されることになりました。倒壊して死者のでた住宅は、1982年以前の建築物件で、当時の建築基準法により、設計されていて耐震性が弱かったともいえます。震災後も、1996年、2000年、2006年に建築基準法は改正されています

このように建築基準法は常に変化し続けています
すでに建築してある建物も改修を行いながら、安心で安全な建築を使い続けて欲しいと思います

吉野聡建築設計室
山梨県甲府市デザイン・住宅・店舗・歯科医院・環境などの設計・監理

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投稿者 2715201 : 2009年1月17日 04:11

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コメント

おはようございます
このころ大学院に通っておりまして

インターネットメールで「無事」との報告を受けました
インターネットの重要性を認識したヒトコマでした

投稿者 加藤忠宏 : 2009年1月17日 05:32

加藤先生 おはようございます

>このころ大学院に通っておりまして
 そうなんですね!

>インターネットメールで「無事」との報告を受けました
>インターネットの重要性を認識したヒトコマでした
 災害時にも活躍するネット
 今は災害情報のメールなどもありますね
 そこで問題になるのが電源の確保ですね
 現在でもありますが、さらに小型タイプでさらに高性能のソーラー発電があると活躍しますね!

投稿者 吉野聡建築設計室 : 2009年1月17日 06:02

吉野聡建築設計室さん

おはようございます。

もう14年前になるんですね・・。

あの時は目が覚めていて静岡市内も揺れたことを覚えています。

地震は恐いなぁ~・・・東海沖地震もいつ起きてもおかしくないといわれ続けて33年くらい経過しています。

できうるなら耐震設計のある家に住みたいと思っています。

投稿者 溶射屋 : 2009年1月17日 07:05

おはようございます

当時、私は大阪に住んでいました
北摂と言われる大阪の北側、兵庫県にも近かったので、それまで経験したことのない揺れに恐怖感を感じました。
都会では、あのクラスの震災になるとライフライン・物資の供給が一斉にストップします。エネルギーも含め自給の大切さ
思い知りました。

投稿者 木仙人 : 2009年1月17日 07:12

おはようございます

阪神淡路大震災の時は我が家も震度3程度の揺れがありました。

阪神淡路大震災では、家屋の倒壊と火災の発生により
死者が増えましたが、遠赤外線ストーブサンラメラを
使用されていた家庭は火災の発生はなかったようです。

地震対策は、家屋の耐震性と、火災発生対策、建物保険
災害時の食料、水、燃料の確保が大事だと思います。

災害時の食料、水、燃料の備えは新型インフルエンザ対策
としても重要です。(^^)

投稿者 京丹後のおやじです : 2009年1月17日 07:24

お早う御座います
いつも有難う御座います

あれから14年も経つのですね~
早朝でしたね

起きてお仕事をしていました
和歌山も大変な揺れで立てないぐらいでしたから。。。

喉もと過ぎると熱さを忘れる、、です
今は何も準備しなくなりました。

備えあれば憂いなし、、、ですね。

何時来てもおかしくないと言われていますから準備しなければいけませんね~。

投稿者 cotton母 : 2009年1月17日 07:24

溶射屋さん おはようございます

>もう14年前になるんですね・・。
 早いものですね!

>あの時は目が覚めていて静岡市内も揺れたことを覚えています。
 私はあの頃、大怪我をしていまして病院の中で体感しました

>地震は恐いなぁ~・・・東海沖地震もいつ起きてもおかしくないといわれ続けて33年くらい経過しています。
 静岡県を中心とした東海沖地震ですね
 さまざまな地震におけるセミナーに参加していますが、根拠ある理由でいつ起きてもという状態ですね

>できうるなら耐震設計のある家に住みたいと思っています。
 その時には是非にと言いたいです!
 遠方までも業務範囲としております

投稿者 吉野聡建築設計室 : 2009年1月17日 07:58

木仙人さん おはようございます

>当時、私は大阪に住んでいました
 そうなんですね!

>北摂と言われる大阪の北側、兵庫県にも近かったので、それまで経験したことのない揺れに恐怖感を感じました。
 地震の恐怖感は経験したことがある人しか分からないと言いますね
 その地震の揺れに対する恐怖感を建築で軽減させる事が出来ます
 
>都会では、あのクラスの震災になるとライフライン・物資の供給が一斉にストップします。
>エネルギーも含め自給の大切さ思い知りました。
 お話されている通りだと思います
 100%の保障がないライフライン、それがSTOPすると私達の生活はズタズタになってしまいますね
 そのような事が無いように準備が必要だと感じています

投稿者 吉野聡建築設計室 : 2009年1月17日 08:04

京丹後のおやじさん おはようございます

>阪神淡路大震災では、家屋の倒壊と火災の発生により
死者が増えましたが、遠赤外線ストーブサンラメラを
使用されていた家庭は火災の発生はなかったようです。
 地震時に起きる火災!
 災害対策の面からでも火を使う生活は避けたほうが良いですね

>地震対策は、家屋の耐震性と、火災発生対策、建物保険
災害時の食料、水、燃料の確保が大事だと思います。
 そうですね!
 木造建築でもより耐震性・耐火性能の優れた建築が必要ですね!
 
>災害時の食料、水、燃料の備えは新型インフルエンザ対策
としても重要です。(^^)
 はい!その通りですね!

投稿者 吉野聡建築設計室 : 2009年1月17日 08:10

cotton母さん おはようございます

>いつも有難う御座います
 こちらこそいつも有難うございます

>あれから14年も経つのですね~
 はい!早いですね

>起きてお仕事をしていました
>和歌山も大変な揺れで立てないぐらいでしたから。。。
 そうなんですね!

>喉もと過ぎると熱さを忘れる、、です
 「忘れた頃にやってくる」です

>今は何も準備しなくなりました。
>備えあれば憂いなし、、、ですね。 
 はい!
 起こってからでは遅いです!

>何時来てもおかしくないと言われていますから準備しなければいけませんね~。
 はい!日ごろの準備を!!

投稿者 吉野聡建築設計室 : 2009年1月17日 08:15

おはようございます。
びっくりしました。皆さん早起きしてコメントしていますね。
私の同級生が神戸にいます。
その友人がホテルを開業する直前の出来事でした。
ホテルは壁にヒビが入っただけでたいしたことなかったようです。
すぐ近く(三宮)のビルはばたんと倒れ道路をふさいでしまったようです。
ある団体の事業ま一環として私も現地に一月遅れで入りました。
阪神高速が使えず六甲山を越えて行きました。
本当に震災の恐ろしさを間近で見てきました。
そして電気がなかったのでアマチュア無線が活躍したとも聞いています。因みに私も今、災害時の為にそういった団体にも所属しております。
「明日は我が身、備えあれば憂えなし」
又、宜しくお願いいたします。
追伸 土谷設計さんにもお世話になっております。

投稿者 にじます : 2009年1月17日 09:11

当時、ニュースでもいってましたけど、
電気が復旧してからの火災も多かったようですね。
火災にならなければ被害はもう少し少なくてすんだのかもしれません。
静岡ですし、海岸せんなので、東海地震はいつきてもおかしくないといわれてますから、準備しなくてはと思いつつ、忙しさにかまけていました。
2階が自宅なんですけど、うちの会社屋上が避難場所なので、逃げるわけにも行かずどうしたものかと思っています。(^^;)

投稿者 藍ちゃんのまま : 2009年1月17日 09:22

こんにちは。

あれから14年も経ったのですね。
関西の大学に通っていたのですが、同級生で震災に遭ったという子がいました。
ボランティアに行ったという子もいましたし・・・。
地震はいろいろなものを壊してしまいますね。物理的・精神的に・・・。
先日新聞か何かで読みましたが、震災後により孤独を感じるようになったという方が多いみたいです。

投稿者 内山農産のチカ : 2009年1月17日 11:08

にじますさん こんにちは

>びっくりしました。皆さん早起きしてコメントしていますね。
 はい!
 皆さん早起き隊です。そして私が隊長みたいです!

>私の同級生が神戸にいます。
>その友人がホテルを開業する直前の出来事でした。
>ホテルは壁にヒビが入っただけでたいしたことなかったようです。
 そうなんですね!安心だったですね

>すぐ近く(三宮)のビルはばたんと倒れ道路をふさいでしまったようです。
 その映像記憶にあります

>ある団体の事業ま一環として私も現地に一月遅れで入りました。
>阪神高速が使えず六甲山を越えて行きました。
>本当に震災の恐ろしさを間近で見てきました。
>そして電気がなかったのでアマチュア無線が活躍したとも聞いています。因みに私も今、災害時の為にそういった団体にも所属しております
 そうなんですね!素敵です
 そのような実体験があるにじますさん
 いろんな知識もあるのでしょうね

>「明日は我が身、備えあれば憂えなし」
 まさにその通りですね

>宜しくお願いいたします。
 こちらこそ宜しくお願い致します

>追伸 土谷設計さんにもお世話になっております
 そうなんですね!私も良く存じ上げています

投稿者 吉野聡建築設計室 : 2009年1月17日 17:02

藍ちゃんのまま こんにちは

>電気が復旧してからの火災も多かったようですね。
 そうですね!
 停電の後の電気は気付けなければいけないですね

>火災にならなければ被害はもう少し少なくてすんだのかもしれません。
 はい!その通りだと思います

>静岡ですし、海岸せんなので、東海地震・・・忙しさにかまけていました。
2階が自宅なんですけど、うちの会社屋上が避難場所なので、逃げるわけにも行かずどうしたものかと思っています。(^^;)
 そうなんですね!
 地震の恐怖もありますがその後の火災や津波も恐怖がありますね
 海岸線ですのでさらにもう1ヶ所の避難場所を検討された方が良いと思います

投稿者 吉野聡建築設計室 : 2009年1月17日 17:07

内山農産のチカさん こんにちは

>あれから14年も経ったのですね。
 そうですね!早いものです

>地震はいろいろなものを壊してしまいますね。物理的・精神的に・・・。
 精神面が壊れる!納得させられました

>先日新聞か何かで読みましたが、震災後により孤独を感じるようになったという方が多いみたいです
 大切な人を失った方や最低限の生活しか行えない避難所生活
 本当に震災後の生活も恐怖ですね

投稿者 吉野聡建築設計室 : 2009年1月17日 17:11

あの時は私はちょっとしたことで入院中でした。
病室のテレビに映し出される映像がにわかにはしんじられませんでした。回診に来られたドクター、看護婦さんがそこで釘づけになり、皆しばし声を発することもできなかったのが思い出されます。
神戸は大好きな街でパンの伝統文化もあり、学生時代から何度も何度も行っってました。大きく様変わりしましたね。皆さんの頑張りにただただ頭が下がります。

投稿者 ティンカーベル : 2009年1月17日 17:18

吉野聡建築設計室さん、こんばんは!
もう14年ですか…
だとすると私が小学校6年生の時だったんですね
テレビではまだ震災の影響で苦しんでいらっしゃる方がたくさんいると報道されてます。
どうしてもさけられない自然災害、それを少しでも緩和できるような建築方法がもとめられるんですね!

投稿者 新潟スイーツ・ナカシマ : 2009年1月17日 18:17

ティンカーベルさん こんばんわ

>あの時は私はちょっとしたことで入院中でした。
 そうなんですか!
 私もです!

>病室のテレビに映し出される映像がにわかにはしんじられませんでした。回診に来られたドクター、看護婦さんがそこで釘づけになり、皆しばし声を発することもできなかったのが思い出されます
 あの時のあの映像は言葉にあらわす事が出来ないくらい衝撃的なものでした

>神戸は大好きな街でパンの伝統文化もあり、学生時代から何度も何度も行っってました。大きく様変わりしましたね。皆さんの頑張りにただただ頭が下がります。
 そうですね
 神戸を中心とする関西地方の方々の頑張りしかありませんね
 風化させていけない事ですね

投稿者 吉野聡建築設計室 : 2009年1月17日 18:33

新潟スイーツ・ナカシマさん こんばんわ

>もう14年ですか…
 そうですね!早いものです

>だとすると私が小学校6年生の時だったんですね
 私は24歳でした!

>テレビではまだ震災の影響で苦しんでいらっしゃる方がたくさんいると報道されてます。
 そうですね!
 その方達や震災後に生まれてきた方達の為にも、あの現実を忘れてはいけないと思います


>どうしてもさけられない自然災害、それを少しでも緩和できるような建築方法がもとめられるんですね!
 はい!その通りです
 あおのような事が2度と無いように、しっかりとした建築設計を行っております

投稿者 吉野聡建築設計室 : 2009年1月17日 18:38

私はこの日、午前様でした、揺れだしたとき、「呑みすぎた」
とおもいました。

投稿者 megane : 2009年1月18日 00:01

meganeさん おはようございます

>私はこの日、午前様でした、揺れだしたとき、「呑みすぎた」とおもいました 
 そうなんですね!
 14年前になりますが、その日の記憶が鮮明にありますね!
 私は病院のベットの上でした!
 忘れてはいけない日ですね

投稿者 吉野聡建築設計室 : 2009年1月18日 03:59

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